お城の魅力は縄張りから

お城の魅力を縄張り図から伝えたい

お城は縄張りから

自己紹介

お城は天守、石垣、堀、曲輪、それらを囲った「縄張り」にこそ魅力がある!と提唱するただのサラリーマンです。休みの日には城巡り(特に山城)をして縄張り図を描いています。

少しでも縄張りからの視点でお城の魅力が伝わればと思い綴っていきます。

 

縄張り図とは

読んで字のごとく、城がどの範囲まで縄張りにしているかを図におとしたものになります。縄張り図は実測図や測量図とは違い、現状の遺構の配置を読み取った簡易的な図となっているため、個人の技量に左右され精度が落ちてしまいます。しかしながら、城の特徴を分かりやすく表すことができ、その城が地域的、時代的に優れているかなどを比較することができるため、研究資料としては使いやすいものとなっています。

一方で縄張り図は遺構が分かりやすく測量のしやすい山城を対象に描かれるため、近世城郭のような大きな石垣や堀を持った城には向いていません。そのため、近世城郭は実測図や測量図を使って研究されていることが多いです。

 

一押しの城

縄張り図視点で一番おすすめしたいのは、何といっても大坂城です。

豊臣期には総面積4,000,000㎡に及んだとされ、本丸は石垣が三段に区切られ、階段状に上っていく城づくりでした。

豊臣時代大坂城本丸図(拡大模写)

大坂冬の陣図では惣構全景が描かれ、北には本流淀川に大和川と寝屋川が合流し、自然の要害となり、南には長大な空堀が設けられ、西側は横堀川を改修して全方位を対策した城づくりとなっています。

大坂冬の陣配陣図(『浪花戦闘之図』の内)

徳川期には本丸は高石垣を積み上げ、盛土をして、曲輪全体を広くとった作りとなり、惣構を成した南空堀天守を取り囲む内堀も数十年の改修によって現在の姿に変わっていきました。

 

個人的には豊臣期の縄張りが好みで、言うなれば織豊系城郭の最終形態であり、近世城郭への影響を全国的に与えたと考えています。

 

大坂城に行くならば天守だけではなく、是非とも徳川期の堀、石垣を周っていただき、と同時に豊臣期に区画された寝屋川護岸や石垣も見ていただきたいです。